凝り固まった愛を叫ぶ。

地方のお茶の間にてJ事務所のアイドルを信仰している。NEWS増田君溺愛。頭が固い。

アイドル理論、私の場合。

アイドルは偶像崇拝の対象に近いと解釈している。

キラキラした光を浴びて、美しい姿でステージに立ち、輝くアイドル。その姿を見て、惹き付けられ人々が集まる。

それは誰かの理想の姿であり、希望となる。メンタルを支えたり、明日への活力ともなる。大きなパワーを秘めた存在。彼らの歌声や笑顔ひとつで活力がみなぎる。

各々が自分の中で作り上げた、こうである筈だ、こうであって欲しいと言う願いを一方的にイメージして膨らませていく。無意識のうちにイメージを押し付けてしまう。

各自がイメージしたその姿はアイドルから離れた一個人としての「その人」の存在と一致するとは限らない。勝手に抱いた理想の姿と一致しない時、簡単には受け入れ難い状況に陥ることがままある。

そこに実体として存在するけど、フィクションにも近い存在。

崇拝している人=ファンの一方的な感情の矢印でアイドルは成り立っていると考えている。

イメージと異なっていたり、違和感を覚えるなら信仰対象から離れる事は自由。信仰先を変えようと、すっぱり離れようと自由。元々強制はされていないのだ。あくまでも自分が任意で熱意の矢印を向けているだけだ。どんなに投資しようが、熱意を持とうが本来見返りは期待してはならない。

アイドルはステージで、仕事で輝き、ファンへ還元していく。そこに私的な感情は関係ない。その代わりアイドルとして仕事をしている間は私情を捨てて、持てる力を出しきって輝いていて欲しい。

 

アイドル稼業は一見華やかだが、その裏はきらびやかな美しいものだけで成り立ってはいない。

幼い頃、テレビで観るアイドルはとても眩しくて、キラキラした笑顔で美しかった。観ているこちらも笑顔になるほどに。纏うもの全てが、まばゆいフィルター加工をされていた。

実際はその影で多忙なスケジュールや制約の多いプライベートに耐え、常に誰かに追い回される恐怖との戦い。それを表には出せない。如何にして輝くアイドルになりきるか。

どんなに疲弊していても表舞台ではそれを見せずに輝いていなければならない。ライバルは次々に現れる。一線に立ち続けるには己を磨いていかねばならない。容姿も才能も売り物だ。年齢を重ねれば戦うフィールドも広げていかねばならない。容姿だけが売りで、才能が無い者、努力を怠る者は振り落とされていく。人気が出過ぎるとやっかみも増える。足を引っ張ろうとする者も居るだろう。

大抵のアイドルが十代の幼い頃、思春期から厳しい世界で切磋琢磨している。精神面でも未熟な時期であり、己の人気を過信し、勘違いもし易い多感な年頃。縛られると反発したくなるであろう。問題が起きるリスクも高い。何とも難儀な職業である。

 

私の中でも、勝手に理想とするアイドル像が描かれている。

決して派手な存在じゃないのに無条件に他人を惹き付ける。才能を秘め、己を磨き、己の立場を理解し、人々の中心に立つべく努力を怠らない。応援している相手がそんな人であって欲しいと勝手に思い描いている。

当然、私の中の一方的な理想の姿。完全に一致しなくて当然だ。

自分の中の感性が惹かれた相手を熱心に見続け、見守る喜び。粗削りな原石を探し出し、新しい発見をする度に歓喜してきた。辛い人生を潤してくれる一筋の清流だ。

私が触れることが可能なのは仕事としての「アイドル」の姿。

アイドルのプライベートを垣間見ると想像力が刺激される。

素のこの人はこんな人なのだろうか、アイドルモードと同じに素敵な人なのだろうか。仕事で関わった方々の感想を聞いてもあれこれ想像してしまう。あくまでも私のような一ファンには想像の範疇でしか分からない。報道等で知りたくない事を知ってしまう場合もあるし、世間に公表される事が真実とは限らない。

アイドルはゴシップ等でのイメージ崩壊が命取りとなる商売だ。真実とは異なる内容のゴシップが流れることもあるだろう。人気があれば出る杭は打たれる。SNSの普及で、常に身の回りにパパラッチがいる感覚。追いかけ回す人は徹底的に追いかけるだろう、プライベートでも遠慮せず。どれだけストレスと向き合っているのだろう。

凡人の私には想像もつかない。

ただコンビニに買い物に行っても「○○が△△のコンビニで□□を買っていたよ!誰々といたよ!こんな服装だったよ。」等と直ぐに目撃情報が飛び交う。公表されていない仕事現場も目撃されればアウト。SNSで瞬く間に拡散される。

商品である「アイドル」としてのイメージを出来るだけ損なわないようにと考えていたら、日常生活を送ることすら困難だ。スーパーで半額シールのものを買っていたら、生活感溢れるトイレットペーパー等手に下げていたら…考え出したら切りがない。反対におしゃれなお店で目撃されたり、私服がスタイリッシュだった等と好意見が流れると「流石!!」となったり。

人の抱く印象はとてもデリケートだ。良い方にも悪い方にも直ぐに揺れ動く。ファンは味方であり敵にも成り得る。

各自がイメージを守るため工夫したり苦労も多いのだろうとも思う。交遊関係やお店など信用出来るところに辿り着くまで、どれだけの疑心暗鬼と人間不信を繰り返したのだろう。モラルの無い店員さんがSNSに流してゴシップに繋がるケースだって有り得る。人気者になった途端、すり寄ってくる黒い存在も多かった事だろう。他人の気持ちをコントロールする事は簡単ではない。黒い誘惑に負けて仕事を失ってしまう人もいる。

グループ活動をしているアイドルは連帯責任を取らされるケースも多い。必ずしも明日が保証されている仕事ではない。

置かれている環境も仕事のスタイルも通常の暮らしをしている庶民の自分とは世界が違う事は理解できる。華やかな影でどれだけの不安と向き合うのだろうか。

見たくないもの、辛いことを多く経験して、今もアイドルとして立ってくれている存在に心から感謝している。

 

人気商売故にファンがいてこそが基本だ。ファンがいなければ自然消滅していくしか道はない。どんなに素材が良くて、お金をかけて売り出されても、ファンがいなければビジネスとして成り立たない。アイドル業はビジネスなんだから。商品なんだ。ファン心理も掴まねばならない難しいビジネス。

芸能人の中でも「アイドル」は特殊な立ち位置だと思う。

アイドルである前に「個」としてのその人の存在があるのだが、ファンは自分の中のアイドル像が判断基準となる事が大半だろう。ゴシップや良くない噂が漂うとファンが離れるケースが多発する。

アイドルは個人の中の理想の彼氏であり、彼女である事が多い。そうではない場合もあるが、大半のファンはこうだったら素敵と仮想恋愛気分や疑似恋愛気分になってしまう。人としてイメージを膨らませていたら、考えていたその人の姿との相違にがっかりしたりもする。

ファンが離れるだけではなくて、仕事に悪影響を及ぼす事もある。CMキャラクターやレギュラー番組はイメージが大切。予定されていた仕事が消える事もあるだろう。

報道により「裏切られた」「イメージと違う」「がっかりした」「そんな人だとは思わなかった」マイナスイメージを植え付けられる事となる。

それは事実なのか、自分だったらどうだろうを考える前に、負の感情をぶつけたくなってしまうのも人間だ。誰しも強い気持ちをもって耐えられる訳ではない。中には盲目的に擁護する人もいるだろう。見たくなくて目を背ける人もいるだろう。

強い気持ちがあったからこそ強いバッシングになることも否定できない。

どれが悪で正しいかのジャッジをファン同士がしても結局はゴールなんて無い。各々の価値観は違うのだからお互いが譲らないだろう。その意見に賛同する仲間もいるだろう。私は誰かの行動を非難しても価値観の押し付けになってしまう気がして口をつぐむ方だ。自分の考えを強く意見する人も凄いな、と思う。流石に犯罪的な、法に抵触する行動には異論を唱える。最近も騒動が多く、私自身色々考えた。

 

私の応援しているアイドルが所属するグループは常にゴシップとトラブルが消えない。その都度、ファン同士のいざこざが起こる。

それが嫌なら離れれば良いのだが、如何せん好きな気持ちが揺らがない、自分の好きなアイドルにトラブルの原因がないのだ。トラブルは嫌だが彼が好きなのだ。

何とも言えず悲しい気持ちになったし、平和そうな方に行けばこんな思いはしないかもしれない。考えなかった訳ではない。

でもそこには自分の好きな彼がいない。それではなんの励みにも支えにもならない。だって私はまだまだアイドルである彼を見たい。欲している。彼自身は私が見ていたいアイドルそのものだ。

彼自身とメンバーの関係性や絆は私たちファンは推測や憶測でしか判断できない。私はこう思う、というような考えはあるだろう。それが度を越えて勝手な代弁者にならなければ私は気にならない方だ。あたかも彼がそう思っていると決めつける行動は疑問符だ。こうであって欲しい、私はこう考えるの意見はマイナス意見でもプラス意見でも受け入れる方だ。そういう意見もあるんだなと。実際のところは本人達にしか分からない。

私は大人になった彼らが、友達のような馴れ合いの関係じゃなく、仕事としての絆や仲間としての尊敬、尊重や気遣いがあれば良いなと願っている。私達だって仕事仲間とプライベートで親しい人が別であるケースがある筈だ。仕事仲間にも信頼できる親しい人が居れば素敵だと思うが。

問題を起こすメンバーを拒絶してしまう人もいるだろう。

それも自由だ。信仰の自由と同じだ。誰かが強要すべきではないし、信仰の在り方は個人の自由。ファンはこうあるべきだと決めつけるのは苦手だ。

 

本人の口から釈明や謝罪があったとして、解決に繋がるかは分からない。それで気持ちの整理がつく人もいるかもしれない。話したいのに話せない場合も多々あると思う。芸能界はとっても業が深い世界だろう。私の価値観じゃ測りきれないような。

私は良い年齢をした大人なので、報道や彼らの発する言葉全てが真実だとは思わない。思わないが、もし嘘でもそこに希望が見えたらその嘘に乗っかろうと思う。そもそもフィクションに近い、ファンタジーな彼らを応援しているから。彼らの真実なんてファンの自分は想像と推測しか出来ないんだ。

フィクションでも真実の姿が見えなくても、自分が好きだと感じて応援しているその人に希望が見える限り応援を止めない。仕事で還元してくれる限り見ていたい。これは私の一方的な感情だ。

アイドルの隙間から見え隠れする「個」のその人に尊敬の念を抱けることに幸せと感謝は忘れない。長年アイドルとして在り続けてくれて、成長を続けてくれる。その人が己を強く制御して、周りからも信頼されているからこそゴシップにまみれない。誘惑と嫉妬の溢れる世界で強くいてくれてありがとう。

 

 最近の報道で思った事。

関係者との繋がりも仕事の上では大切だろう。関係者を招くことで仕事に繋がることは多いだろう。お世話になった方々を招待することで生まれる次への鍵もあるだろう。身内や親しい友人を招きたいだろう。招待を非難する理由は私には無い。それがファンに、世間に公になってしまったことが大問題だと思う。暗黙の了解が具体的にタレント本人の意見として流出した事に問題があると思う。その時の表現の仕方にも問題があった。

確かに私達は多数の制約と制限がある中でコンサートに申込み、落選の場合も多い。それを思うと悔しい気持ちを抱くのも頷ける。

簡単には辿り着けない場所がリアルなアイドルと交流を持てる場だ。見返りを期待してはならないアイドルと運が良ければコミュニケーションすら取れる。偶像な彼らと現実で交流を持てる場。彼ら自身も自分達を支えている「個」としてのファンを認識する場所。

だけれど、数多多数居る中の私達ファンだ。彼らのプライベート、仕事上の繋がりと比較しても仕方ない。比較すべきでは無いが、ファンを蔑ろにしているととられかねない行動は避けるべきだ。

プライベートの流出は、仕事や交遊関係含めて本当のところで信頼できる人ばかりじゃなかった結果だろう。本人の危機管理に対する甘さもあるだろう。

コネはどこにでも存在していると思っている。ファンと優劣をつけるのは立場が違うから意味がないけれど、普段のファンに対する発言とプライベートの大きな相違が原因だ。ファンがいないとアイドル家業は成り立たない。それを忘れたら仕事としてのアイドルは続けられない。

 

私はお花畑な脳内ではなくて、ある程度割り切って受け止めている方なのかもしれない。それでも、リアルすぎるプライベートは知らなくて良かったと思うこともある。まぁ、そうだろうなと思っていて驚かない場合もある。想像して幸せになることばかりではない。

プライベートが流出してしまっても、バッシングがあることを踏まえても、人前に立ち続けなければならない彼らの苦労も考えてしまう。

一度無くした信頼は簡単には再構築されない。ファンだけではないだろう。関係者、仕事に於いてもだ。今後、足踏みすることになりませんように。

彼らにもファンがたくさん居る。身内も関係者も。リアルな本人の良いところも悪いところも知っている人達。

彼らから離れてしまったファンのことも考えてしまう。

騒動に関わっていないメンバーのことも考えてしまう。

皆どんな想いで居るんだろう。

笑顔で笑い合えているのだろうか。

私はプライベートが思い描いている理想と違っても、仕事に大きな影響がないなら構わない。アイドルとして仕事に真摯に向き合ってくれていれば。勿論そのプライベートが仕事に悪影響を与えなければ、だ。犯罪的なものは当然タブーだ。悪影響を及ぼすようなプライベートはグループ活動なら他メンバーにも影響を及ぼし、問題になるだろう。

どんな人にも表の顔と裏の顔が多少なりある。恋愛していることが悪ではない。人間だから感情はあるだろう。生活もある。出来るだけイメージを損なわないように、世間に対しての対応方法やステップが重要に思う。

とにかく受け入れられない人もいるだろうし、それは個人の価値観の自由だ。

これ以上負の連鎖が起きないことを願う。私には勝手に心配することしか出来ない。

仕事として発信されるアイドルとしての彼らが今後も輝き続けてくれるよう、微力ながら応援を続けていく。小さい力もたくさん集まれば大きくなると信じている。

彼らがいくつになってもアイドルはアイドル。素の彼が尊敬できる人だとこの上ない幸せ。私の応援している人を尊敬している。

きっと私はこの先も偶像崇拝は止めない。