凝り固まった愛を叫ぶ。

茶の間にてJ事務所のアイドルを信仰している。

我が家の事情と、NEVERLAND東京ドーム公演に行ってきた話①

2017年6月10日、11日。

東京ドームにてNEWS・2017年ツアー NEVERLAND公演が開催された。ツアー最後の会場が東京ドームでした。

ワイドショー等でも映像が流れ、会場に行けなかった方も少しだけでも雰囲気を見ることが出来たと思う。ドーム公演のレポもたくさん流れていたし、その辺はブログやTwitter等で得意な方のお話を参考にしていただきたい。

私は個人的な感傷+感想を文章に残そうと決めていた。ドーム公演の感想を書くことで参加できなかった人を辛くさせてしまわないか迷っていた。でも、自分の記念として書き残す。

 

以前書いたように、NEWS東京ドーム公演に遠征する事を唐突に決め、周りに助けられて念願叶ってのNEWSドーム公演初参加だった。

NEVERLAND札幌公演の後、どうしても今年はこの公演で東京ドームに立つ増田君を肉眼で観たかった。こんなに我儘な気持ちになったのは久々だ。

これまではどんなに大きな会場に行きたくても、泣いて諦めて、円盤のリリースをおとなしく待った。そして自分の観たものと別の作品かのように成長した大きな会場の公演を見ることを繰り返してきた。大きな会場に立つNEWSや増田君は私が観た姿とは印象が異なる。弱いメンタルの自分は、自分が入らなかった公演はじっくり見ることも来なかった。

増田君が大切にしている場所。

そのステージに立つ彼を肉眼で見ることが出来る喜び。旅行に行くことは私には贅沢で、当たり前じゃない。

 

これまで家庭と仕事、生活優先で、NEWSドーム公演やアニバーサリー公演に行かないことを選択したのは自分自身。どんなに悔やんでも、悔しくても、どんな理由があっても自分が決めたことだ。

アイドルの話からは逸れるが、私の家庭環境を大まかに記載する。暗いです。暗いけど、本人は明るく生きてます。不幸自慢目的ではないし、私は親に甘えさせて貰っている自覚もある。そして、この記事は趣味にあまり関係ないので飛ばして貰って構わない。

 

私には娘を支える責任がある。

SNS等で私と長く繋がってる人は知っている筈なのだが、私は母子家庭の大黒柱。そして経済的に裕福ではない。夜勤も多く不規則な仕事をしている。この生活は娘が2歳の頃から続いている。

私は10代からアイドルが大好きだった。男性アイドルも女性アイドルも、輝くアイドルが大好きだった。テレビの中でキラキラと輝き、夢をたくさん見させてくれる。辛いことを忘れさせて夢中にさせてくれた。絵を描くことも本を読むことも大好きだが、アイドルは格別だった。

家庭環境のせいか、性格なのか、現実の男性にほぼ興味を持てず、人を好きになることがほとんどなかった。恋愛漫画にときめくことも無かった。可愛いげの無い子供だった。好きな言葉は「努力・気合・根性」だ。少年漫画が大好きだった。

親の仕事の関係で1年置きに引っ越しをし、親しい仲間にも恵まれなかった。小学校は3つ、中学校も2つ通った。高校に入って初めて親友と呼べる存在に出会えた。生まれた環境は自分では不可抗力。家庭環境に恵まれているとは言い難く、身内も簡単に信用できない家庭だった。それでも親は揃っていたし、この頃は経済的にも苦しくはなかった。全く大切にされなかったのとも違うし、親に感謝もしている。

進路も言いなりにしようとする親に反抗して反発して、親との関係も悪い学生時代。母は私の学生時代から段々と精神を病んでいた。父は仕事で不在が多く、性格が高圧的で子供は親の言いなりになることを求めた。母の病気も受け入れなかった。子供が優秀であることは当たり前。素直に親の言いなりになった妹は大切に大切にされる家だった。長女は厳しく育てるがポリシーだったようだ。親に誉められる経験はしたことがない。100点を取ることは当たり前。お前みたいな根性の悪い人間が存在していることが迷惑だと言われて育った。おとなしい妹にとって、私がいることだけで迷惑だとも言われていた。私が親に反発するタイプだったのが余計関係を悪化させていたのだと思う。自分の環境が一般的じゃないと気がつくのにとても時間がかかった。

働くようになり仕事と趣味が生き甲斐になった。変わらず恋愛なんて興味もなかった。

そんな人生で初めて信用してみようと思える人に巡り会った。私を認めてくれる他人が現れた。とにかく、驚きだった。家庭の事情を打ち明けても、家族になろうと言ってくれた人だった。心を開いて20代前半で結婚した。

周りも驚愕し、当時働いていた職場の院長も「お前だけは仕事に生きると思っていた!」と涙目になったのも懐かしい。親からは猛反発をくらい、半ば勘当された状態で結婚を押しきった。ようやく幸せになると信じていた。信じていたが世間一般的から見た「ダメ男」だったと今なら冷静になれる。

結婚生活は幸せとは正反対に向かった。そのうち子供を授かった。妊娠があまり良い状態ではなく、激務の仕事と子供を天秤にかけて仕事を捨てた。幸せな家庭に憧れが強い私は、まだ幸せになれると信じきっていた。

若かったのだ。幸せに逃げようと愚かだったのかもしれない。

結婚が転落人生のきっかけだった。

自分で選択した過去は変えられないから悔やんでも仕方ない。ドン底とか一言では片付けられないし、昼ドラも真っ青な経験を何度もして、当時の旦那さんからも両親からも最終的に子供を堕胎しろと言われた妊娠。初めての妊娠は体調的にも精神的にも凹むことばかりで、子供が苦手な自分だけど、自分の子供を守れるのは私だけだと気を取り直した。好きな気持ちでどうにかなると信じていた時期もあった。

離婚してから益々私は異性を好きになることが無くなった。それは今も変わらない。他人が恐ろしい。人は変わる。人は裏切る。どこかで壁を作ってしまう。

当時、周りでは大学に通っている友人もいて、自分は乳飲み子を抱えて無職。強気で結婚した手前、直ぐに親も頼れなかった。辛くても、暗くても家族になってくれた、一度信用した人を嫌いにはなれず、離婚も自分から選択したわけではなかった。私にも至らない点が多かった。幼かった。常識の違い、価値観の違いという言葉を思い知る。旦那さんに死んでくれと言われた時は途方にくれたし、病気のせいだが母親からも早くこの世界から居なくなれと言われていた人生。他人に愛される感覚が本当のところで私には今も良く分からない。

離婚成立まで簡単にはいかず、年単位をかけて家庭裁判所のお世話になり、昼ドラ展開でお別れした。未だに家庭裁判所にお世話になることもある。私の20代前半はこんな感じで過ぎた。

合間に友人が連れ出してくれた私の生き甲斐であるコンサートは心の救いだった。環境が落ち着かなくて行けない時期もあったし、家電がなくてTVも録画できなかった時期もあった。

私は友人には恵まれていた。たくさん助けられた。

そして苦しい時に明るい笑顔をくれたアイドルに救われた。泣きながら見た時期もあった。なんと重たいファンだろう。完全な依存なのだ。

最終的に娘と生きていくために親に頭も下げ、たくさん迷惑もかけた。見捨てず助けてくれたから今がある。半ば勘当だと騒ぎ立てつつ、困った時は力を貸してくれた父。厳しいけれど愛情がどこかにあるのに今は気がついている。どんなに蔑まれても迷惑をかけている自覚がある。感謝している部分もたくさんある。親になって初めて気がついたこともある。今はあの頃の親の言い分も分かる。

出戻るために無理難題も受け入れた。孫を可愛がってくれているのは嘘ではないと見ていてわかるし、私の不在時にサポートしてくれている。不器用な親なのだと今は良く分かる。母の病気も自分に出来ることはする覚悟。

娘は私の人生において初めての、本当の意味での身内だ。誰よりも私を支えてくれて理解しようとしてくれる存在。子供に責任はないのに、とんでもない環境で成長させてしまう事になり、経済的にも環境的にもハンデを与えている。一人でも彼女を育てなくてはならない。

娘が生まれる前から相葉さんも、増田君も大好きな存在だ。身内に問題の多い私を支えてくれた精神的支柱はアイドル。

子供が苦手だった私のもとに生まれてきた、私と同じ容姿をした中身の全く違う娘。周りの友人からは私は本物の家族を得るために結婚して出産したのかもしれないねと言われた。そうなのかもしれない。

娘と生きるために大好きなアイドルを諦める事が多くなった。やりたい仕事ではなく、働ける仕事を探した。

 

私の親は昔からアイドルが大嫌い。

私の趣味をくだらないと嫌悪してきた。今も同じだ。学生時代は持てる限りの親の権限で私を監視していた。今もテレビを見るだけで怒る事もある。それでもしぶとくアイドルを愛でている。私は負けず嫌いで頑固だ。親の言いなりにならないから余計辛く当たられると分かっても、反抗する。

 

数年前に転職したのは娘の大きな病気と手術が理由。まさか娘がこんな大きな手術をするなんて考えていなかった数年前。前の職場は娘の病気の際も休みが貰えなかった。母子家庭の弱味だった。何とか手術迄は働いたが、術後のフォローが出来ずに転職したのが今の職場。

人生を笑顔で支えてくれたのがアイドル。テレビを見ても雑誌を見ても笑いかけてくれ、素敵な歌やダンスを見せてくれる。コンサートに入れたら夢をくれる。こんな私に「ありがとう」と笑顔をくれる。相手は仕事でやっていると分かっていても嬉しかった。

娘は生まれた時から母がジャニーズ大好きな環境。今では私から趣味をとったら人生が辛くて死んでしまうと心配している。だから自分より趣味を優先してくれと言ってくれるが、そうも行かない。

基本は地元のコンサートに出来る範囲で入り、娘が大きくなってからはアニバーサリーなどうしても飛びたい公演に妹がサポートしてくれていた頃は遠征が叶った。そんな妹も色々あり、側にもういない。妹が理由だと親が協力的に変わる家だった。私はたまに遠征可能で、絶対に遠征が不可能な方もいる中で恵まれていた。

NEWSはどうしても仕事のタイミングや家庭事情と折り合いがつかなかった。同じ職場の手越君ファンが遠征希望を出し、アニバーサリー公演に参加していた。私はずっと話を聞くだけだった。

相葉さんがデビューし、その後応援してきたJr.が増田君。私は勝手にたくさん支えて貰ったのに、ファンとして私は何にも参加していない。私が増田君の大ファンだと胸を張れなかった理由だ。私はただ勝手に見てるだけのお茶の間ファン。どんな事情があろうと、節目に参加しなかったのは自己責任。

今年のNEVERLANDも同様に、地元公演に入ることが精一杯の予定だった。札幌公演しか申込んでいなかった。

 

NEVERLANDツアー札幌最終公演を終えてから、私の感情はネジが外れてしまったらしい。NEVERLANDで迷子になったのかもしれない。どのNEWSを見ても、どの増田君を見ても涙が止まらなくなった。

なんとも言い難い不安と、増田君の成長を実際に見て、もっともっと見たいと欲が出た。あの歌声をまだ生で聴きたい欲と、家庭をおろそかにしてはならない気持ちとが自分の中でグルグルしていた。

NEVERLANDツアーをまだ観たい。増田君にとってスペシャルな会場、東京ドームに立つ増田君を肉眼で観たい。毎日考えるようになった。こんなことは初めてだった。

各会場のレポを見てはあれこれ考える。NEVERLANDツアーは続いていた。

ブログを再開し、TwitterはNEWS中心にシフトさせた。何か吐き出していないと不安だった。増田君を尊敬している気持ちをだらだらと吐き出していた。

転職した職場の売りは休みが取りやすいことだ。ゴールデンウィーク、年末やお盆は無理でもこの時期の休みは自由だ。賃金は大幅に下がり、娘の学費の事を考えるとノコノコ旅行なんぞして、アイドルのコンサートを観に行っている場合ではない。今年は修学旅行にも送り出さなくてはならない。中学の修学旅行は手術で参加できなかった娘。高校は何がなんでも送り出したい。

頭で分かっても、気持ちの整理がつかない。Jr.時代からの手持ちの増田君映像を眺めては泣き、脳内で成長したNEVERLAND札幌での彼を思い浮かべては泣く。

完全に病んでいる。自覚していた。

NEWSメンバーに次々と残念な報道が流れる。プライベートが流出する。ネットは不穏な空気が漂う。札幌公演前の重苦しい雰囲気を思い出す。

増田君自身はアイドルとしてどんどん進化して成長していた。応援している気持ちも伝えたい、自分でも見届けたかった。どう言い訳しても自己満足だ。

もう大丈夫だと言い聞かせても、もしまたNEWSに会えなくなったらどうしようと考えてしまう自分もいた。6人時代最後のドーム公演に入らなかった後悔が頭を巡る。絶対大丈夫は無い。アイドルに必ずの「次」は約束されてない。今行かなかったら一生後悔するような気がしていた。

気持ちを落ち着かせようと増田君を見ては泣く。4月はそんな風に過ぎた。

リリースから約5年間、目を背けていた自分の参加していない公演の映像を見ることにした。そこには私の知らない増田君がたくさんいた。どれも素敵だった。でもやはり自分で見ていないから断片的にしか分からない。

私が頻繁にメソメソして、流石に娘が心配し始めた。私がこんなに泣くことは稀なのだ。私は中々泣けない女だ。職場でも喜怒哀楽をあまり見せない淡々とした人間だ。それなのに飽きもせずに映像を眺めて、しくしく泣いている。

「まっすーに会いに行けないかな。」

「まっすーに会ってきて欲しい。」

心配のあまり娘も背中を押してくれた。

 

迷い迷った結果、5月、チケットがなくても東京に行こうと決意した。

なんと情けない親だろうか。

1ヶ月近くメソメソした挙げ句、勝手な我儘を娘に許してもらい、背中を押して貰う。

親からも無駄遣い(趣味アイドルに対して)をやめて娘にだけ投資しろと説教されている。確かにもっともだ。

それでも押しきった。

必死にチケットを探した。手持ちのチケットは無いのだ。

ネットでも閉ざしていた扉を少し開けたら、たくさんの人に助けて貰えた。

奇跡的に東京ドームに2日間入れる事になった。私に声をかけてくれた皆さんに感謝だ。

どこにも当たり前なんて無いんだ。

東京に向かう道中、胸がいっぱいで泣きそうだった。とうとう東京ドームに立つ増田君を肉眼で見て、声を聴ける。

会いたかった友人と久々に会い、ハグして貰ったり、ご飯に誘ってもらえたり。たくさん顔を見て話をした。こんなに話をしたのは久し振りで、コンサート前後にご飯に行ったり貴重な経験までした。

普段仕事と家の往復ばかりの私には、とても素敵な夢の2日間となった。コンサート以外でもとてもとても充実した時間。

 

東京ドームは何度見ても大きい。NEVERLAND、念願の東京ドームの敷地に入った瞬間涙腺が崩壊しそうになった。

周りのファンのワクワクした顔、これから始まるステージへの期待。

もうすぐこのステージに立つ増田君を見るんだ。

2017年6月10日、土曜日。

初めてのNEWS東京ドーム公演に入った。

 

※②に続く。