凝り固まった愛を叫ぶ。

地方のお茶の間にてJ事務所のアイドルを応援している。NEWS増田君溺愛。頭が固い。

会いたいアイドルについて考えていた。

ジャニヲタ界隈で目にする「担降り」と「掛け持ち」と言うワード。自分が熱心に応援しているタレントさんに対して「担当」「自担」と表現するジャニーズファンの文化。隠語的な、ファン同士の共通言語は自然と培われてきた面白い文化。使わなくても知識として把握しているのは好き。

ジャニーズファンは「○○君担」と表すことが多い。自分は会話等で積極的に使わないけれど、文章で端的に表現できる便利さがある。大好きな人を「担当」していると表現するのは気が引けるが。本当に担当しているのは関係者の方だ。

このファン用語、ファン同士で誰を応援しているのか簡単に伝えることができる。コミュニケーションツールとしてファン用語(ヲタ用語)は便利。

ファンが「現場」と表現する「担当」に生で会える機会。コンサートや舞台、テレビ番組等の番組協力、映画舞台挨拶等各種ある。

私は自分の生活ペースを保ちつつ、のらりくらりと応援している。本当ならヲタと自称すべきでもない。お茶の間寄りのヲタ風ファンだ。この「お茶の間」という言葉もファン用語だろう。テレビで見たり、たまにコンサートに参加したり程度のライトなファンを指す。「○○君、格好良い!」とキャーキャーするけど全ての現場には向かわない。熱心なヲタの皆さんが現場が発表されればどこへでも駆けつけるのとは真逆だ。ヲタにも行動に合わせて色々な呼び方があって面白い。自分が無意識にファン用語を使って、職場や友人に意味が通じない場合もある。

自分はテレビを一度視聴するのみで満足するファンではない。高画質で録画して手元に残し、繰り返し繰り返し見返す。数百回レベル見返す。VHS時代は良くテープが切れた。ラジオや雑誌もチェックしたい、気に入ったものは残したい。

コンサートも一度入れば満足する方でもなく、実現可能で機会があるなら何度も入りたい。地方在住だが、首都圏にコンサート参加のため旅行をする。ファンの間で言う「遠征」だ。リリースされるものは初回と通常と全ての形態を購入する。

ヲタよりは緩く、お茶の間よりは熱心な何とも半端なポジションにいる人間だ。

ファンの応援スタイルにはそれぞれ譲れないこだわりがある。1公演のみで満足する人。たくさん公演に入る「多ステ」派。多ステを絶対に許さない!と敵のように見ている人。全国、全公演見届ける「全ステ」派。入るならこだわりの座席で手段を問わず観たい「良席」派。全国ツアー全てについて回り、移動手段も合わせ、テレビ収録にも全て参加するタイプのファンもいる。

自分の理想を実現させるために仕事を選択している方も多数いる。好きすぎて業界の仕事に繋げる方もいる。当然のように自担に会うためなら海外公演も参加してしまう人もいる。

タレント本人に認知されたくて努力を惜しまない人もいる。Jr.担だとバックにつく先輩のツアーを全国追いかけ、Jr.メインの舞台の期間は毎日のように劇場に通う。驚くべき財力とバイタリティ。ファンレターを本人に手渡し、タレント本人とコミュニケーションが取れる「列」に参加する場合もある。それはそれでまたルールと伝統がある。口コミで伝わるもの、数多のローカルルールが存在する。

SNSを媒介しファンの間で有名な人もいる。いち早くコンサートレポをアップする、動画や写真をこまめに載せる、スケジュールをチェックしお知らせしてくれる、幾つものメンバーエピソードを投下してくれる、イラストが巧み。ファンの中で有名なファンが多数存在する。ヲタクというのは多才な方が多く、とても面白い。

残念な点はファン同士、妬みと僻みが付き物な事。ファンの中でも小さな争いは頻繁に起こる。

自分と違う価値観を許せない人はどの界隈にも存在する。多ステを叩きのめす、チケットを探していると通報する、自分が落選したのにたくさん入る人を許せない人。タレントから認知されている人をネット上で叩く。ジャニヲタの探偵事務所よりも有能なのではないかと疑うほどのリサーチ力。悪名高いファンも存在していたり、ファン同士のネットワークは複雑怪奇。

私は周りやタレント本人に迷惑をかけない範囲で法律を遵守した上で趣味を満喫しているなら口を挟まないと決めている。こだわりが違うのは当たり前。犯罪でも犯してなければ、良し悪しを周りが評価しても意味がない。価値観は他人が捻じ伏せて変わるものでもないだろう。

複数の「担当」が存在している場合「掛け持ち」していると表す。

熱心な「担当」がいて、応援対象が別のタレントさんに変わった場合に「担降り」すると表現する。

自分と同じタレントさんを応援している人を「同担」と呼び、同担に拒絶反応を示す人は「同担拒否」と表す。独占欲にも似た感情だろう。

自分も熱心なファン同様に「担当」と言う表現を使わせてもらうならこれまで相葉担、増田担掛け持ち。そして同担は大歓迎だ。むしろ同担が大好き。

過去のコンテンツになったが、NEWS・KAT-TUN・∞の3グループ合同ファンクラブYou&Jというものが存在していた。Y&Jに所属していた3グループにおいては自分自身コンサートに参加する機会も多く、各グループにお気に入りがいた。彼らのバックについていたJr.にもお気に入りがいた。

お気に入りの子と熱心に応援している子では自分の気持ちの入り方が違う。個人的な感覚の話だが、お気に入りは穏やかに「可愛い。」と深入りせず客観的に見ている感じ。担当に向けた気持ちは良いことも悪いことも一喜一憂し、相手に合わせて上がったり下がったり感情が振り回される。たくさんのタレントさんがステージ上にいても、その人を目で自然と追っている。もはや一蓮托生になる感覚。付属するエピソードまで把握していたり、少しの変化も見逃すまいと必死に深入りしたい。

体調の心配をし、仕事が充実しているか心配をし、業界内での立ち位置を勝手に心配する。私はとかく心配しがちだ。痩せた、太ったで体調が気になり、雰囲気が変われば何かあったかと妄想を始め、髪型や髪色が変わると何が控えているのかと騒ぐ。本人が不在で、他人なのに誕生日は頼まれなくても一方的に祝う。勝手にエア身内になりがちだ。

私は親目線になりがちな保護者タイプのファンだと思う。

自担に向けたファンの心情にも様々なタイプが存在している。彼氏になってほしい、自分だけの存在であって欲しいとリアルな恋愛対象「リアコ」「リア恋」に見ている人。好きだけど貶すことが愛情表現の「貶し愛」な人もいる。アイドルは特定の人とは恋愛しないと頑なに全てにおいて夢を描き、クリーンだと信じている「お花畑」な人もいる。正に千差万別。面白い。

私は掛け持ち否定派ではない。

複数名応援する相手がいても別段何とも思わない。その分アンテナの張り方も大変だろうし、財力も必要となる。

1グループのみ応援しているのも素敵だと思う。熱心に1つだけを応援するのは容易ではない。他に拠り所が無い分、メンタル面の強さも問われる。自グループの活動がなかったり、休止期間は応援対象不在になる。現場も無くなる。

NEWSメンバーは応援するグループの掛け持ちを浮気だと表現する。ファンを離したくない独占欲強めのNEWSも可愛いと思うあたり、重篤な病だ。彼らから見た私は浮気していることになる。

 

ここ数年、特別な存在を1人だけ、1グループに絞れと言われたら、自分は誰を選ぶのかと考えるようになっていた。

最近は担降りブログ等も拝見する機会が多かった。周りでも担降りが続いた。ジャニーズファンを辞める「ヲタ卒」してしまった人もいた。嵐から別グループに降りる等、ここ数年は身近な知人・友人にも担降りが重なっていた。NEWSから他に降りた、KAT-TUNから降りた例もあった。降りた相手は様々だった。デビューすると興味がなくなる、自分が結婚した、彼氏ができた、突然自担に興味が失せる、やりきった充足感、新たに素晴らしい存在に気がついてしまった、自担が退所してしまった、自担の素が受け入れられなかった、スキャンダルに辟易した、ファン同士の争いに疲れた。理由は多岐に及ぶ。

自分自身で区切りをつける担降り文化。ファン毎に信条が異なるから、決め手になったきっかけも異なる。大変興味があって、面白く読ませてもらっていた。みんな違ってみんな良い。降りた後も元自担を見守る人もいれば、スパッと離れる人もいる。

自分自身、長年掛け持ちをしていたが、同じ熱量で応援していただろうか。自分を見つめ直していた。

相葉さんと増田君のファンであることに間違いないが、1人を選べと言われたら私は誰を選ぶのだろう。

自担って、誰だろう。

これまで気にしなかったことが気になり出していた。

この自問自答が自分の中の断捨離が始まったきっかけ。

 

嵐は結成前、Jr.黄金期時代の相葉さんが大好きでファンになった。飾らない笑顔の天真爛漫なアイドルぶりにメロメロ。スタイル良く長い手足を活かす、癖の強いダンスが大好き。どんな振り付けも「相葉君のダンス」になる所が大好きだ。人当たり良く明るいのに、実は人見知り。努力家な面も大好き。

嵐の初期は彼らの思い描いていたような人気も知名度も無かった。ジャニヲタのための嵐、だ。ホール公演もアリーナ公演も見てきた。相葉さんは良く北海道のイベントにも参加してくれていた。ロケにも来ていた。今では考えられないが、ビデオコンサート、ロト企画、CDの販促のために様々な企画があった。コンサートの地元のチケットは余りがちだった。

ふと気がつくと10周年を目前に嵐は大ブレイクを果たす。CDが突然予約できなくなった。予約が集中した事が原因だったが、その後も予約は戦い。

一過性のブレイクかと思いきや、彼らのフレンドリーな姿はお茶の間に深く溶け込み、浸透した。世間に求められている自分の立ち位置を把握する能力がメンバー全員、抜群に良かった。アイドルとしてグループ内のメンバーバランスも絶妙。飽きられるどころか、より世間に求められる存在に上り詰め、国民的アイドルグループへと成長した。ブレイクから瞬く間にトップになる夢を叶えていた。15周年を迎える頃には日本国を代表するアイドルグループになっていて、グループでも個人でも世間への影響力は強くなっていた。

今や嵐をテレビで見ない日は無い、CMで嵐を見ないチャンネルもない。ドラマも映画も主演に引っ張りだこ。雑誌でも商品でも、嵐の関わるものは飛ぶように売れる、手に入れるためには戦いに勝たねばならない。映画の前売り券の特典を手に入れるためには始発で行く。舞台挨拶に参加するためにはサーバーが落ちるほどのチケット争奪戦に参加する。コンサートチケットはプラチナ級。嵐ならコンサートに行ってみたい人が世間に続出する。

既存のジャニーズ特有のコンサートチケット申込方法では対応しきれないFC会員数になっていた嵐。嵐特例のルールがどんどん増えた。他グループでは叩かれないような些細なことも、ファン同士のマウンティングと蹴落とし合いでギスギスする。コンサートチケットに当選した喜びも落選した人の気持ちを汲んで押し殺さねばならない。何をするのも他人に配慮しなくてはならず、全てが戦いだった。飛行機やホテルの争奪戦、晴れてコンサートに参加できても、次は限定グッズを入手するための戦いが待っている。

最初のドームツアーオーラスの札幌ドーム。当日券まであった彼らはもうどこにもいなかった。会場を埋めにくいと言われる地元でも、ドーム公演3日間連続開催になっていた。それでもチケットが足りない。

首都圏の争奪戦は更に悲惨だ。1人1公演しか参加できないことが原則となり、多ステ派はこっそりと動くことになる。堂々と多ステをしてレポを流す人に賛否両論が巻き起こる。

同じ考え方、同じ行動を強要しようとする人も出始める。ファンを無理矢理画一化するような運動が何度も起こった。

嵐のJr.時代からの話題、昔の話をすると嫌悪感を露わにしてくる方が多数いた。古株、古参は偉そうだ、自慢するな、今の彼らは違うと批判される。対して、新規が偉そうに知ったように語るなと争いに発展する。

自分も幾つかトラブルに巻き込まれたりもした。自然と過去の話はしないようになっていた。昔のメモやコンサートレポ、ブログも消した。SNS上の名前も変えた。

自分自身、少しずつ応援スタイルは変化していた。全てを追うことは不可能になっていたし、疲弊しないよう、楽しい気持ちを保てるよう自分なりに配分は考えていた。信用出来る繋がりしか残さないようにした。内側に、内側に殻に閉じこもった。嵐に関しては口を噤むようになった。

ファンのリクエスト曲で構成された国立競技場にて2年連続開催されたアラフェス。アニバーサリーイヤーのBLASTハワイ。ニュースで取り上げられていたBLAST宮城公演の県をあげてのバックアップ。嵐は経済を大きく回す存在だった。

どんなに取り巻く環境が変わっても彼らは流されていなかった。そこがまた魅力的でもある。

何をするのにも戦いだった。コンサートに参加するための休みを取るのも戦い。それだけ嵐のコンサートなら行くというライトなファンが増えていた。

 

そんな中での9年ぶりのアリーナツアーが発表された。

久しぶりにアリーナサイズで行う公演は特別な意味があったと思う。ツアーに北海道は入っていなかった。とても悲しかった。北海道はいつも切り捨てられる。アリーナツアーでの彼らを久しぶりに観たければ遠征するしかなかった。転売防止に顔写真を使用するデジタルチケット対応。遠征の準備をして休み希望を出して待った。

結果は落選。

やはりか、と思う自分もいた。

譲ってもらうことも探すことも叶わない、顔写真登録のコンサート。周りでは沢山の人が当選し、久しぶりにアリーナでの嵐を堪能できると喜んでいた。初めてアリーナで観られると喜んでいた方も居た。大好きな仲間も多数当選した。幸せそうな姿はこちらも嬉しかった。叶わなかったTimeコン横浜アリーナ公演に涙した人が救われたのが嬉しい。

選考基準は分からない。無作為かもしれない。新規にFCに入って当選した人もいたようだ。FC会員数を考えると落選するのは仕方ない。これまでもドームツアーでも落選経験は何度もある。アリーナサイズだとより厳しいのも頷ける。

嵐関連での落選は繰り返し経験してきた。けれど、この落選の持つ意味合いは自分の中で大きな衝撃だった。自分の中で1番長く応援してきたアイドルが相葉さん。グループとしては嵐。

 

9年ぶりのアリーナツアーには『ただいま』というアリーナ公演のための曲まで用意されていた。アリーナ公演に参加するファンに向けて嵐が「ただいま」と伝えるために制作されていた。その事がとどめのように胸に刺さった。

自分は部外者だった。

そこに参加する自分は存在しない。完全に部外者だ。勝手に壁を感じた。

事務所サイドから見たら、単なる落選。他にも同じような立場の方はいただろう。

悲しいでも悔しいでもなく、なんとも言えない気持ちだった。涙は流れなかった。

遠すぎる嵐の背中に必死に食らいつこうと追いかけてきた。嵐は諦めることをたくさん教えてくれた。環境的にいつでも遠征が可能では無く、全てを追いかけていない。それでもブレイク前から彼らを見てきて、ブレイクに歓喜し、ドーム公演も地元中心に観てきた。ワクワク学校も遠征できる際にした。アラフェスやBLAST宮城はタイミング的に遠征も叶った。ハワイはライブビューイングだけどリアルタイムに見届けた。蹴落とし合いの中、落選した際に助けてくれた素敵な仲間もいた。お陰でコンサートに参加できた。年に数回、嵐の現場に参加できた。何年間も会えない人はごまんといる。私は恵まれていたのだ。

彼らを応援するのは完全に自己満足の世界。自分が応援しなくても、代わりは星の数ほど存在する。どんなに強い気持ちで応援していても、報われるものではない。

私にはコンサートで歌って踊るアイドルの姿を生で観ることが最優先事項。無条件に楽しい世界へ連れ出してくれるコンサートに入りたい。好きな相手の「今」を見たい。その願いが叶わないアイドルグループが嵐になっていた。嵐をどんなに優先しても、無理をしても楽しいだけの夢は見せてもらえない。ここ数年の嵐を追いかけてきて心から楽しかったのか自信が持てずにいた。

相葉さんは大好きだ。人として尊敬している。穏やかで驕らず、周りに気遣いを嫌味なく自然と出来る。こんな人でありたいと思わせてくれる。明るい笑顔と、鼻にかかった特徴ある歌声、相葉さんのダンス。彼が変わらなくても取り巻く環境は激変した。

もがきつつ追いかけていた自分が突然立ち止まった。

私は直接彼らに「おかえり」と言わせて貰えない。

初めて彼らをアリーナで迎え入れる人が「おかえり」と言う。

ファンに優劣は無く、平等だ。ステージから客席を見た時、彼らにはファンの背景は関係無い。彼らが国民的人気になるという事はこういう事なんだと納得した。次のアニバーサリーイヤーが来る前に気持ちに折り合いをつけたかった。

環境も整理したくて、長年溜め込んでいた嵐のグッズ整理、断捨離を始めた。手元には適度に残そうと決めた。雑誌を追いかけるのはとっくに卒業していた。WS等、情報を追いかけるために必死になるのは止めていた。CMも無理のない範囲で、録れていたら残す程度。グッズだけでなく、初回限定の音源や映像も手放した。喉から手が出るほど欲しい人がいるだろう。たくさん観てくれるところで活躍してほしかった。物が減ると共に気持ちも軽くなった。

無理をせず、自分のベストな距離で相葉さんと嵐を見ようと思えた。Japonismドームツアーで久々に貰った相葉さんからのファンサービスを宝物に。アユハピで尊敬する方と並んで入れた事を誇りに。紅白初司会が決まった相葉さんにエールを直接送れたことを喜びに。嵐がきっかけで構築できた大切な繋がりはこれからも大切にしていく。

アユハピ参加後、嵐を追いかけることから卒業を決めた。相葉さんを尊敬して、憧れる気持ちは変わらない。勿論大好きだ。これからもファンだ。笑顔を見かけるとホッとする。嵐を必死に追いかけて良かったなと思えるこの気持ちのままでいたかった。

 

私は嵐がデビューする頃、増田貴久君がお気に入りのJr.になった。

最初はテレビで画面越し。気になり出して雑誌をチェックする。Jr.だった彼の仕事に注目するようになる。初めて相葉さんと掛け持ちしたアイドルが増田君だった。増田君がデビューを果たし、どんどん進化して成長していく。NEWSには次々と試練が待っていた。

同時期に活動していたKAT-TUNも好きだ。彼らはNEWSと絡むことも多かった。NEWSが動かない時は嵐とKAT-TUNの現場に救われた。Y&J発足後、特にNEWSとKAT-TUNの地元公演には入ってきた。KAT-TUNも様々な出来事を乗り越えてきたグループ。KAT-TUNでは上田君の不器用な愛らしさに惹かれた。男らしいアイドルが苦手な自分。中性的、可愛らしい人に惹かれる傾向がある。上田君の外見はいつしかオラオラキャラに変貌を遂げていた。中身は不器用な可愛らしいままなのが彼の良さ。KAT-TUNは特にグループとしての活動が大好きだ。充電期間に入り、グループとしてはお休みとなった。その分、個人の活動が活発となっている。

嵐、NEWS、KAT-TUN。3グループ、それぞれに良さがあった。NEWSはグループとしての活動がそう多くなかった。コンサートも多くない。増田君はテゴマスとして定期的にコンサートを開催してくれていた。嵐と掛け持ちをしていてもバランスが取れる状態。どちらを優先すると悩むことがなかった。

新生NEWSになり、活動が安定。嵐と並行して応援してきた。NEWSは都合をつけられずアニバーサリー公演に入れなかった。そもそも個人的理由で申し込みすら叶わなかった。勝手に引け目を感じても、拒絶を感じたことがない。NEWSはファンとの距離感が近いと錯覚させてくれるグループ。ファンに向けて離れないで欲しいと束縛心を隠さない。ネタバレしないで、浮気しないで等向こうからの要求もあるが、メンバーとファンは密接な距離感を保っている。デビュー14周年を迎えて、アリーナ公演も大切にしてくれつつ、今では東京ドーム公演もある。チケットは取りにくくなり、落選も経験した。でもまだ助け合いができる。多ステを叩くような様子もまず見かけない。メンバーのお騒がせトラブルは絶えないが、ステージの上で増田君は私の求めるアイドルでいてくれる。

大好きだった可愛らしい増田君から、セクシーな男っぽい増田君に変化しても違う面が見られて嬉しかった。どんどん進化する彼から目が離せず、更に惹き込まれていた。

NEWSからの束縛はファンとして嬉しい。1ファンが応援していてアイドル自身にこんなに喜んでもらえるのかと驚きさえある。他がいるからファンじゃなくてもいいよ、離れたければどうぞなんて微塵も感じられない。離れないでねとファンに向けて言うアイドル。

一緒にTEPPEN目指そうとまだまだ思える。伸びしろ、余白が感じられる。ステージ上での増田君はアイドルとして絶対に裏切らない。自信を持って言い切れる。

増田君は驚くようなタイミングでファンサービスをくれる。今ではたくさんファンサービスをするタイプじゃなくなったけれど、若い頃は自分の団扇を探して手を振り、優しい笑顔を向けてくれた。昔から客席を良く見る子だった。

こちらが不安になっているタイミングで巡ってくる増田君からの嬉しい爆弾。少ない公演数にしか入っていない自分。絶対に認知されていないとそこは胸を張れる。私は完全にモブだ、無作為の偶然だ。彼は相手のサインを読み取れる能力があるのか。ファンサービスを求めずに入っても、ここぞという時に受けると麻薬のように効力が強い。心の支えとしていつまでも咀嚼できる。

公式に握手したことのある自担も増田君。コミュニケーション自体が奇跡だと思っているジャニーズアイドルなので貴重な経験だ。デビューイベントの握手会は永遠の思い出。

増田君の単独の仕事に縁が無い自分。舞台に申し込めば必ず落選。登録は増田君名義なのに面白いくらいに落選する。落選しまくっても次にトライする。

今の自分が夢中で応援したい、会いたいと思う存在は増田君だ。

一緒に泣いたり、笑ったり。ファンとして出来る限り時間を共有したいと願っている。美しい恋にするよツアーオーラスで改めてついていくと決めた。私の感情を揺さぶり続けたのは増田君とNEWSだ。一緒に泣いたり笑ったり、とても幸せだ。

NEWSもいつか突然環境が変化する日が来るかもしれない。それが大ブレイクなら嵐で経験したように受け入れていく。人気が出るのは喜ばしいこと。ドームツアーに切り替わったら北海道が無かったキスマイパターンも考えられる。

ファンとしてコンサートで応援させて貰える間、持てる限りの熱量を込めて応援しようと今年改めて胸に刻んだ。ファンが会いたいと願って自担に会える期間は有限。

 

私の自担は増田貴久君だとNEVERLANDツアーで自覚を強めた。

相葉さんが好きで見守っていることに代わりはない。でももう自担とは呼べない。同じ熱量で応援が出来ていない。いつしか嵐のことで感情を揺さぶられなくなっていた。輪の内側ではなく客観的に関わろうとしていた。相葉さんを「うちの子」と呼ばなくなったのはいつからだろう。増田君は変わらずに産んでいない「うちの子」と例えていた。

悩んだけれど嵐のコンサートは機会があるなら行く。嵐のコンサートはとても楽しい最高峰のエンターテイメント、夢の空間。コンサートに入らなくていいと自分が思った時、完全に嵐から離れる時だ。

嵐とNEWSは大好きなグループだ。グループ掛け持ちには違いない。でも同じ熱量で2つのグループを応援していない自分に気がついた。

 

私の自担は誰かと問われたらNEWS増田貴久君と答える。

特別なグループはNEWSだ。

全て納得した2017年。今年は自分の節目の年。自分の忘備録としてここに残しておこうと綴っていた。

嵐とNEWSは結成記念日が9月15日。奇遇にも同じ。この日が来ると2グループについて考える。

今年で嵐18周年、NEWS14周年。もう少しでどちらもアニバーサリーイヤー。その頃、自分はどんな姿勢で彼らと向き合っているのだろう。

笑顔がたくさん咲いていますように。