凝り固まった愛を叫ぶ。

地方のお茶の間にてアイドルを愛でている。NEWS+増田貴久君溺愛。頭が固い。たまに現場にもいる。

積み重ねた時間と最近のこと。

私は増田君がデビューする以前から好きで、見てきました。

そもそも私は嵐の相葉君がJr.時代から好きで、各種Jr.番組を見る習慣があった。録画もしていた。ジャニーズJr.という存在を知っていた。相葉君が嵐としてデビューすることとなり、彼がJr.ではなくなってしまう。

お気に入りのJr.の姿を見ることが大好きだった自分。相葉君がデビューしたらJr.はどの子を中心に見よう。そんな呑気なことを考えている大人でした。

当時は現在Jr.黄金期と言われるあの時代。お気に入りのJr.は作るものではないのに、当時の自分はそんなことを思ってバックの子たちを観察する力に熱がこもった時期があります。今では笑える話です。でもその時期がなければ増田君に気がつかなかったかもしれない。私の青春時代の話です。相当昔の話です。

 

その頃のJr.に、たまたま増田君がいたのです。偶然です。1999年頃のこと。

たまたま気になった子が増田君。

笑顔が明るくて可愛い、元気いっぱいに躍動的に踊るダンス。目を惹かれました。直感的に「この子のダンス、好き!」と感じた。何の番組を見てそう思ったのか鮮明に覚えていなくて、Jr.が出ている当時の番組の何かで気がついたことしか覚えていない。だからはっきり好きになったエピソードを語れる人を素晴らしい!!と思ってしまう。

気になったはよいが、彼はいつも画面にいるような子ではなかった。

気になってもたまにしかいない。

余計に探してしまう。

あれ?この番組にはいるかな??

探しても見当たらない。

画面はアナログ、録画はVHSビデオ時代。画質は粗い。

今のようにSNSなんて普及していない時代。まずは自分で調べるより手立てはなかった。それがより自分の知りたい熱に火をつけたのかもしれません。気になりだしたら止まらなくて、探す。

探す、探す、探す。

過去の映像、ドル誌、Jr.名鑑(未だにバイブル)探したら…見つかった。

ようやく辿り着けた「増田貴久」君。

やっぱり、お顔も可愛い。

文字まで可愛い。

私が彼のファンとしてのスタートラインです。

その頃の話は過去の記事にもまとめました。

彼のことを知れば知るほど愛しくて、可愛くて、成長する姿から目が離せない。

デビューした相葉君と、Jr.は増田君。

掛け持ちの日々。

楽しかったです。

現在king&Princeのデビューを受けて、デビューの頃の増田君の映像を見ています。やっぱり大好きです。当時の気持ちに舞い戻ります。

 

自分個人の人生としては色々複雑で、辛いことも笑えないこともあった。環境は変化しまくった。自分の人生設計に予定してなかった結婚・出産・離婚も通過した。

ファンとしてあちこち現場に向かえない、そんな時期もありました。今でも決して自由にどこでも行けるわけではありません。

現場に向かえなくても、テレビや映像、CD、雑誌。ほんの少しの時間でも、アイドルはいつも心の光、お守りのように私を助けてくれた。その存在が自分の手元にあるということが勝手に支えになった。

 

増田君がデビューする頃、唐突にテレビや雑誌の露出も増えて混乱して嬉しかったのも今では懐かしい想い出。

震える両手でマイクを支え、緊張で少しこわばる笑顔でステージに立ち、堂々と歌唱する姿に泣いたりもした。嬉しくて。デビューが決まって驚いて、嬉しくて。嬉しくて。

大好きなJr.がデビューという線を超えるのはとてもとても大きな出来事。凄く嬉しいけれど、環境は大きく変わります。

画面の隅で元気に踊っていた男の子がこんな大きくなってと、まるで勝手に親戚気分。ちなみにリアル従兄弟と彼は同世代。

デビューを経て、あれよ、あれよと外見も内面もどんどん格好良くなって、少しずつ仕事も増えた。

デビューするってこういうことか!と毎回新鮮に驚き、喜ぶ。現場で見かける増田君の団扇も増えていく。

嬉しかった。

NEWSには笑えないほど色々あって、それは今でもあるけれど、でも私は増田君がデビューしたことを今でも喜んでいる。ステージに立ってくれてありがとうと感謝している。

彼がそこに立つことを選ぶ限り、見ていたい。

私の好きな増田貴久という人はとても強い信念を持つ、素敵な人だ。周りに流されない強さを持つ。

アイドルとしても相当な、お手本のような生き方をしている。現代アイドルとしては絶滅危惧種かもしれない。

でも、だから彼を好きになったのではなく、たまたま好きになった人がそういう人だった。私の場合はそうだ。そうではない人もいるだろう。

私は彼の中身を少し知ったつもりになって、勝手に尊敬して、勝手にもっともっと好きになる。

いつでも一方方向だ。

私の知り得る範囲の情報だけど、自分が見てきたステージの上の彼を愛して止まないし、尊敬している。

増田君は己のスキルを伸ばす努力を怠らない人だろう。ステージを見てそう感じてきた。いつ見ても成長する姿を感じて、惹き込まれてしまう。それは今も同じ。

長く見てきて、より好きになることはあっても、嫌だと思う要素がなくて驚く。面倒くさいはずの一面さえ好きに変わる不思議。今では逞しい、素敵な男性です。惚れ惚れします。どんどん新しいファンを増やして、前を進んでいく。素敵な人。

 

私が彼を知ったタイミングがその時期だった。ただそれだけのことで、ファン歴はただの歴史だと思っている。

だからこそ嘘偽りなく「この頃からのファン」と明言します。自慢ではなく、事実。隠しても仕方ない。

私の行動範囲は熱心に現場に通い、直接的に増田君を見てきた人とはレベルが違いすぎます。肩を並べようなんて思わない。当時の増田君のステージを知ったように語ることはできません。私が知るのは自分で見たことだけ。他は調べたり、周りから聞いたりした。

私は実際の現場にこそ事実がたくさん存在していると思っている。誰かの意見じゃなく、自分で受け取ったことが自分にとっての事実だから。

 

ファンに上下関係は無いと思っています。ファン歴は絶対的にそこに結びつかないと考えます。

でも、特にSNS上の影響力の強弱はあると感じます。

憧れや尊敬の念を誰かに懐くのは自由。

特に若い世代の方はSNSが当たり前に生活の中心になっているから、フォロワー数=ファンの代表と捉える方も多い。仕方ないのだろうなとも思う。具体化された数値こそが正義と捉える層もある。

最近はNEWSの周りでもファン同士のマウンティングが浮き彫りになってきた。悪い意味のマウンティングではなくても「この人の意見がファンの総意」的な扱いを無意識のうちにしてしまう。深く考えずとも同じことをしようとする。

それも自由で、色々な考え方はある。悪い方向に働かなければ「ファンの憧れるファン」が存在することは特に問題とは思わない。その人にとっての理想像的な。素敵なことでもある。

私は画一化されたファンに不気味さを感じる方だ。ひねくれものなのかもしれない。いつでも全員が全く同じ考えになるとは到底思えない。大多数がそちらを向いていても違う考え方や方法を選ぶ人がいてもいいんじゃない?と考えてしまう。方法や手段が個人で異なることがおかしいと思わない。

ファンだからこうあるべき、ファンならこうすべき、ファンなら参加すべき。

誰かの固定概念の型にはめられた姿だけがファンとするなら、私はその姿にはきっとなれない。そんな方々からは正しいファンではないと言い切られてしまうのも仕方ないのかもしれない。自分がそれを選ばないだけで、大多数の方々を否定しているつもりもない。

大好きな人を好きな気持ち、笑っていてほしい、幸せにしていてほしい気持ちに嘘偽りはないのだけど。

正しいファンってどんな姿なのだろう。

私には分からない。

 

私はいつも「自分がそうしたい」から行動する。自分のためにそうしている。自分の欲求の赴くままに行動する。

自分のために大好きなアイドルを見る。

自分のためにコンサートに通う。

自分のために商品を購入する。

自分のためにアイドルを心の支えにする。

結果としてそれが大好きなアイドルの記録に繋がったり、ファンがいると伝えられたなら素敵だ。自分が彼らの喜ぶ顔が見たいから何かをする。結局は自分のためだ。自己責任。

大好きなアイドルを好きで、そのことが原動力で自分がしている行動には見返りは返ってこない。それは絶対に忘れないようにしている。勘違いしてはならない。

ファンという名の武器を振りかざして、何をしても良いとは思えない。好きなアイドルは自分の所有するものではない。

彼らに理想や期待を懐くのは、自分が勝手にしていること。相手からは頼まれていない。個人の考える理想像と、実際の姿と相違が生じても仕方ない。本来、その人の素の姿はファンが知ることはない。本当にその人が胸の内で思うことも。

アイドルは仕事としてファンに向け表舞台に立ち、関わってくれている。仕事を通じて夢や希望を与えてくれ、疑似恋愛気分も感じさせてくれる。

自分がこんなに好きなんだから、あなたにこうあって欲しいというファンの考えは筋が通らない。単なる個人的な願いで、我儘。

私たちファンの気持ちは一方通行。ファンはタレントのマネジメントを行っていない。家族でも友人でもない。

個人的に勝手に作り上げた理想と異なっていてがっかりすることはあるかもしれない。傷つくこともあるかもしれない。理想を超えて素敵な人だと感じると喜びも大きくて、ますます夢中になる。

アイドルも世界のどこかで日常生活を送り、仕事をして暮らす人間。自分とは仕事の種類や収入も、世間に与える影響力に違いはあるけれど。

だからといって何をしても良いのかと問われると、そうではない。犯罪に触れることは当然宜しくない。社会のルールに背くのは駄目だ。それなりの制裁も受ける。

自分の好きなアイドルに裏切られた、がっかりすると思うのは自由だ。

何を裏切ったのか、どうしてがっかりしたのか、そのことを考えることも大切だなと最近思う。

憤る気持ちや辛い気持ちもあるだろう。嫌なら離れることも自由。

私は自分が好きだ、見たいと思うからファンでいるだけ。誰からも強要されていない。

私の好きなアイドルは私個人がどうこうできる存在ではない。

そして私は誰かの好きな気持ちと戦ったり、競い合って好きな気持ちを測り合ってはいない。

私と異なるスタンスでアイドルを見ている人もたくさんいることも理解しています。それも自由だと思う。否定はしたくない。

 

ファンに上下関係は無くとも、歴史は異なる。そこは履き違えません。

その方の努力で積み重ねてきたことは尊敬している。多くのJr.からのファンがJr.時代の大好きな人を時間とお金をかけて見守るのを知っている。今でもJr.担の知り合いも多い、その方たちの熱意と行動力を尊敬する。タレントさんとファンの間に存在する信頼関係も含めて。

ツアーやイベントで全国一緒に飛び回るファンも、その財力も熱量も凄いと思う。素直に。自分がしない、出来ずとも凄いなぁと感じてます。妬みはしない。

 

こんなお茶の間な私でも、地元中心にゆっくり重ねてきた分の想い出はある。たまに遠征して想い出を残す。増田君はたくさん想い出を与えてくれるアイドルです。重ねてきた時間の分だけ想い出が残ります。

自宅に増田君の古い映像もポツポツ残っています。私はパソコンを所持していないから(ブログ作成もスマホしか手段がない。それ故に時間がかかる。装飾もたくさん出来ない)ダビングもアナログな手段で行ってきました。

何かを助けてくれた方や、親しい方に大好きな姿を見てほしくて古い映像を押し付けていた時代もあります。必要かと声をかけたり。今ではYouTubeなど動画サイトも普及しました。見る手段は生まれた。

自分の行動が裏目に出たり、見てほしいという自己満足だから映像を押し付けるのは止めた。果たして本当に喜んでくれていたのか。喜んでくれていますように。

私はその頃の増田君の姿も見たくて、思い出したように見返します。でもリアルタイムの彼をとても大切に思っています。過去を振り返るけれど、今が大切だと思っています。

彼らの夢が叶っていくのをファンとして見ていたいと思っている。

特に増田君の夢がひとつひとつ叶い、嬉しそうに夢が叶ったと話すその姿を見ることが幸せだと感じます。大好きな人に幸せであってほしい。例え私が直接的に、個人的に幸せにできなくても。

 

ネットでも懐かしの写真や動画をたくさん掲載している方もいます。画像を加工されたり動画編集されたり。音声を載せたり。そういう方のおかげで初めて見ることが叶う人もいます。その界隈で有名な方もたくさん存在します。皆さん知識も情報も豊富。才能の塊。

私も地方在住で見られないPON!はTwitter等のSNSに毎週助けられて把握します。時にとても有り難いです。

綺麗事は言うつもりはないし、ファンの棲み分けだと思っています。

彼らの画像などでグッズを自作する人もたくさんいます。とても器用です。

私はSNSに画像は積極的に載せません。ここにもたまにしか載せません。雑誌そのものの写真を載せません。一部切り取って使うことはある。アイコンはタレントさんのものを基本は使いません。自分に向いていないと思ってるのと、勝手なこだわりで使いません。私にはどう考えても向かない。でも使う人も本人の選択の自由。

個人的には文章表現で伝えられたら良いなと思っていて、Twitterも文字のみをつらつらと連ねることが大半。

面白みも少ない、有能な情報提供は皆無。

写真などを使う人も節度を保って、営利目的に何かを企んでいなければ気にしません。ファンの在り方は様々。型に当てはめず法律に触れなければ気にしない。自分がそうするかは別問題。権利問題は事務所が管理するだろうから私の管轄外。

 

たくさん売れて欲しいはずのCD、雑誌。

音源を発売前にネット上に残せば、写真を高画質で残せば、間接的に手に入れてそれで満足する人も多いのが現代。購買運動に参加しながら、画像を転載している矛盾。

細かいことなんて突き詰めていったらきりもなくて。自分がおかしいな、嫌だなと思えばガードすればよいだけ。批判や否定をわざわざしません。私はそんな大それた存在じゃない。稀に自分の中の常識を逸脱した方に出逢うと「???」と疑問符が飛び交います。でも個人攻撃はしません。

 

反対に感情に任せて直接的に攻撃してくる人はいます。それは近年自分自身で何度も経験しました。

私自身、どうしてもどうしても受け入れられないとなった方にさようならをすることもあります。そのことが攻撃とみなされている可能性も否定しません。必要だと感じたら私は考えをはっきり相手に伝えます。

人の数だけ個性もあれば価値観もある。ファンになった歴史や想い出、背景もある。私はそれらを見ていることが好きだ。聞くことが好きだ。大好きを一緒に楽しく共有できることは素敵だ。

 

増田君は今より幼い頃、良くファンサービスをしてくれる子でした。客席を良く見て自分のファンを見つける。とても楽しそうに、嬉しそうに。ありがとう、と見えるかたちで伝えてくれる子でした。跳ねるようにステージを走り回っていました。こぼれんばかりの笑顔で。楽しそうに動き回る彼を見ることは幸せな時間でした。真剣に踊る姿も、歌う姿も特別。

彼のステージでの在り方は変化しています。急にではなく、時間をかけて変化してきた。

でもステージに対しての基本姿勢は貫かれていると感じています。芯がぶれない。ステージ上の彼はとても素敵です。表現者としてライトを浴びて汗を振りまく姿に惹きつけられる。

ファンサービスを目的として入らずとも、思いがけず貰えると想い出として積み重なっていく。幸せな気持ちになります。大切な大切な想い出です。嬉しいに決まってます。

増田君は絶妙なタイミングで、その時の私に必要なリアクションをくれます。偶然の連なりだとしても本当に不思議な人です。今年も私にとって意味のある出来事を与えてくれました。きっとたくさんの人に同じように幸せを届けている。

こんなアイドルが世の中に存在するのだなぁと心から尊敬しています。個人的な想い出は語りすぎると思い込みだと捉えられたり、自慢になりかねないと学んできた。全てを話しているのは娘にだけ。友人にも全ては伝えない。

彼のことは一方通行でしか知らないけれど、幸せに暮らしていてほしい大切な存在。ファンサービスの有無に関わらず、私はこれからも客席から彼のステージを見ていたいです。彼がライトを浴びてステージに立つ姿を見ていたい。彼の進化を見ていたい。変化があるなら変化を受け止めたい。彼から発せられる何かを受け取りたい。だから現場に足を運ぶ。

彼は年々素敵になります。重ねた経験、彼が磨いてきた内面を表すかのように、外見もどんどん精悍に、素敵になる。美しく。

 

私にとっては現場に入ることはとても大切。

だから権利を得られる証としてチケットはとても大切。

なぜそんなにこだわるの?と問われることもあります。現場に入ること、現場に楽しく入ることは大切。入らないと実際を見ることは叶わない。

座席にはこだわりません。でも希望するその公演に入りたい。誰と入っても構わないのではない。誰かと行動を共にするなら、気持ちよく時間を過ごせる人と入りたい。自分の大切にしている価値観とより近い方と入りたい。

全く親しくない方、知らない方からチケットだけ欲しいと突然連絡をもらうこともあります。突然質問ばかり投げかけられることも。そういう方とは距離を起きます。理由は前にも書いていますが、私は都合の良い便利屋ではありません。

 

私は基本的にひとりで動きます。以前は妹がいました。たまに娘がいます。

普段はこの大好きな気持ちを語る相手が周りには娘しかおらず、自分の中の語りたい欲求が溢れてこうやって書きまくります。

SNSなどで繋がった方と交流を持てることが嬉しく、甘えてしまいます。このブログのように長々と文章を打ちます。読んでもらえる、聞いてもらえることが嬉しくて。

自慢する意図じゃなかったことが自慢と受け取られたり、時間の差に恐縮させてしまったり、不快にさせたり。文字で伝えるのは容易では無いことも実際にたくさん学んだ。直接話せる存在でも「勝てない気がして辛い」「経験に差がありすぎて辛い」と言われたこともあった。その度に反省もして、自問自答。

私は話すことがとても好きです。普段はそんなに賑やかでもないですが、コミュニケーションが好きです。

様々な経験を経て反省してきた。SNSで繋がった仲間は親しい友人だと錯覚してはならないと言い聞かせるようにもしています。こちらからの連絡が重荷になったり、迷惑にしてはいないかと常に考えるようにしています。当然返事などは求めていないタイプなのでそのことも忘れずに伝えます。こちらが連絡する=返事をしなくては!にしてはならないと思っている。

どんな想い出があるのか、過去に起こったトラブルとはどんなことがあったのか。その問いにしっかり伝えようとすると長文になる。直接話せる距離には居ない。文字で表す。受け取った側は困惑するかもしれない。

最近も似たようなことがありました。

あまりの情報量に困らせてしまったのだろうと反省した出来事でした。親切心で聞いてくれたのに困らせたのでしょう。返答に困らせた方には本当に申し訳ないことをしたなと思う。申し出に甘えた己の弱さ。

SNSとの関わり方を見直したくて、交流の無い方はお別れをした。あった方でも迷惑をかけた方にはお礼とお詫びを告げてお別れをした。Twitterは鍵アカウントに戻っています。一方的に読むだけの人も気にしてなかったのですけれど、一律公平にしようと思って作業した。

Twitterは日常生活のこと中心に呟いている。読めなくても支障はない。チケット関連の動きがある時だけ鍵を外すこともある。

最近は交通事故で不自由になった身体のことばかり話してます。これは本当に不便です。仕事にも影響していて深刻だったりします。

 

ファン歴が近くないから話が合わないと言われると切なくなります。でも、その方から見たらそう感じたのだろう。知らない頃の話をされると不快に感じる人はいるのだ。話題のセンスと配慮がない私の問題だ。ファン歴が近いと嬉しかったり、盛り上がるのと理論は同じ。でも、過去の話題を知らないふりもできなくて。考えすぎると話ができない。

嵐で通ってきた「古株vs新規」の勢力図。

何を持って古株、新規とするのか私にはよく分からない。ファン歴が長いだけで偉そうに感じると言われたときは「え…??」と困惑した。絶対に追い越せないから悔しいとも言われた過去。競争じゃないのだけれど、そう受け取る人も存在するのだと知りました。

私はファンだと名乗ってよいのか迷って悩んだ時期も通過して、今は胸を張って自分の歴史を伝えることにしている。嘘をつきたくない。

 

ファン歴が短い、にわかだからとご自身を表現し、遠慮される謙虚な方も良く見かける。誰だってファンとしてのスタートラインはある。きっかけが異なるだけです。

特に今年、NEWSはアニバーサリーイヤーだからコンサートに参加してもよいのか不安に感じている様子も窺える。

増田君の舞台は増田君のファンしか入れないなんてルールは誰が決めたのでしょう。ファンが入りたい気持ちは当然だけど、私はたくさんの人に彼の魅力が伝わって欲しい。

舞台は沢山の人で創り上げます。カンパニーのファンの方、舞台が好きな方も来ます。NEWSの他メンバーのファンにもチャンスは同じ。

どんな立場の人も、誰かの決めた固定概念に捕らわれず、気にせずにファンとしてしたいように動いてほしい。

私は過去アニバーサリー公演に入りたくて、入りたくて、でもどうしても優先できなくて諦めた。諦めを自分で選んでも、それでも心残りになっている。永遠に拭えない。

行ける希望のある人は、応募できるなら、迷うことはないのだ。同じ公演は二度と無い。やれることをやってから悔やむほうが割り切れる。後悔は少ないほうが絶対に良い。

ファン歴が長ければ長いで私も悩んだから、その迷う気持ちも少し分かる。

 

素敵なファンがたくさん増えて、大きな分母で楽しく彼らを支えたら素敵なのにと思う。ファン歴は気にしないで欲しい。偉そうに上から、と思われたらとても残念なのだけど、私はファン歴より人柄だと思う。

アイドルから見たらみんな同じにファンです。性別も年齢も国籍も関係ない。我々はファン歴の看板を常に背負って歩いてませんもの。外見からは伝わらない。

もしかしたら彼らも人間だからファンのタイプに好き嫌いの感情は抱くかもしれない。

ファンはアイドルの名刺にもなり得る。タレントさんに恥ずかしいと思わせてしまうようなファンにはなりたくないと思う。本当は一部の人しかしてないことでもファンのすべてがしていると周りに思われたら悲しすぎる。

 

私はNEWSが、増田君が嬉しいと、自分たちの誇りに感じてもらえるようなファンでありたい。簡単にはなれないかもしれないけど、そう有りたいと思っている。

チケットと引き換えの公演なら、チケットさえあれば、どんなマナー違反をして、ありえない行動を取ろうと現場に入れます。

チケットがあれば何度でも参加できる。

そして彼らも直接目にしてしまう。

どんな手段を使っても、チケットがあればそこに入れる。内容を選ばなければ、現代社会には様々な手段がある。犯罪まがいのものまであります。どんな方法を選ぶのか、それも個人で差がある。こだわるポイントも異なる。

どんなにマナーを守っても、節度を保っても、どんなに大好きでも、チケットが無ければ彼らには直接会えない。

悲しい現実。

でも私は自分のポリシーは変えない。私の決めたルールのもとに動く。それで入れなければ残念だけど縁がなかったのだ。

私には現場が大切。

自分の目で実際に見ることに意味がある。

誰かの言葉じゃなく、叶うのならば自分で受け取りたい。自分で真実を受け取りたい。個人の主観や脚色を加えない実際を自分で受け取りたい。

だからそこに入るために必要なチケットはとても大切。重要視する。現場に固執する私のようなタイプが苦手な人もいると思う。

彼らの仕事の現場でルールを破るような行動をするファンが目立つと、彼ら自身が恥をかくことになる。彼らが積み重ねてきて、関係者さんと築き上げた信頼関係を台無しにしたくない。自分がとったその行動で何が起こるか、その行動の与える影響を考えられる人でありたい。

 

今年、ツアー中も増田君がWeb連載の個人コーナーで、言葉を大切に紡ぎながら伝えてくれた。

彼の言葉はとても優しくて丁寧。誰をも傷つけない。でも、重かった。普段の彼の仕事に向かう姿勢を考えて泣けてきた。きっと悩んで迷って、それでも言葉にしてくれた。

彼らがファンに向けて言葉を投げてくれている間は、彼らがファンに対して諦めていない、真摯に向き合ってくれているからだと思う。どんな気持ちでこの文章を紡いでくれたのかな。加藤君のTwitter文学賞のときも同じことを感じていた。

してほしくない事、やめてほしい事、それをはっきり本人たちから説明してくれることは有効的なのかもしれない。もどかしく、切ないけれど。

マナー違反、してはいけないことの基準は個人の良識によって異なる。公式で禁止されていないことならなおさら。公式で禁止していても違反する人もいる。本人が悪いと思わずにしている可能性も考えられる。彼らから発信することで影響力は大きいはず。

あらゆる場面で常識もマナー違反も具体的に表さないと伝わらなくなってきているのかもしれない。時代も背景も世相も変化していくから言葉として伝えることは大切なのだと思う。

 

ファンとして一緒に支えるなら、価値観は異なってもお互いが譲り合える人と支え合いたい。歩み寄れるほうが楽しい。自分と違う視点に気が付かされたり新鮮な発見もある。

そこにファン歴は関係ないです。

もしかしたらファン歴の長いモンスターのような恐ろしい人もいるのかもしれない。

でも私は楽しく交流したり、自分の好きなスタンスで彼らを見ていたいと思ってます。

沢山の人に理解や共感を得られなくても、親しい仲間は増えないかもしれないけれど、自分は自分の思うように、自分の中の基本を忘れないようにしようと今年のツアーの個人的に起こった諸々含めて思ってます。

価値観のどうしても合わない方からはスーッと離れます。争いたくはない。

 

増田君が大好きだから、自分がそうしたくて好きで見ているのだ。

彼の夢がひとつひとつ叶って、幸せそうにステージで輝いていてほしい。

それを自分でリアルタイムに見ていられたら幸せだ。

私とコミュニケーションをとってくれるみなさんにも感謝しています。普段の生活が本当に閉塞的なので、SNSには助けられてる側面も大きい。

自分に丁度よい距離感を模索しつつ、大切にしていきたいです。

 

増田君の舞台にも、15thアニバーサリー公演も参加できて見られたらどんなに素敵だろう。